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のぼりりゅうかんめいほう




第202号 2020年(令和2年)10月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第172回  京都府長岡京市・光明寺、長岡天満宮 》    


 

                                                 
《光明寺》
 
                          光明寺総門前

    
           御影堂                     阿弥陀堂

    
           御本廟                       観音堂

    
            講堂                      食堂

    
            本坊                     玄関

    
        阿弥陀堂からの回廊                 勢至堂への階段

    
           閻魔堂                       鐘楼

    
          手水舎                    圓光大師火葬跡

    
            石棺                     鎮守社

    
                       表参道
 
       
           総門                      勅使門

    
           薬医門                      衆寮門
 
    
           もみじ参道                 法然上人立教開宗の像


《長岡天満宮》

 
                      長岡天満宮

    
           拝殿                       本殿

    
          神楽殿                      手水舎

    
          社務所                    正面大鳥居

    
         社殿の前の鳥居                   参道

    
        長岡稲荷大明神                  長岡稲荷拝殿

    
        八条ヶ池と水上橋                     太鼓橋

    
            神牛像                    筆塚

        
                        錦景苑


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《光明寺》

光明寺(こうみょうじ)は、京都府長岡京市にある寺院。西山浄土宗の総本山。
法然が初めて「念仏」の教えを説いた地である。また、紅葉の名所としても広く知
られる。



歴史
奈良へ学匠となるべき師を求めて比叡山延暦寺を下ってきた24歳の法然が、粟生野
の里の村役だった高橋茂右衛門宅に一夜の宿を借りた際、茂右衛門夫妻は法然の真
剣な求法の気持ちと、広く大衆が救われる道を求めての旅であることを聞いて「ま
ことの教えを見いだされましたならば、先ず最初に私共にその尊いみ教えをお説き
下さいませ」と法然にお願いした。

そして承安5年(1175年)3月、ついに浄土宗を開いた法然は20年前の約束を守ろう
と、この地で初めて念仏の法門を説いた。こうして法然が初めて「お念仏」の教え
を説いた地であることからこの地は「浄土門根元地」といわれている。

その後、法然を慕い帰依した弟子の蓮生(熊谷直実)が、建久9年(1198年)に
法然ゆかりの当地に念仏三昧堂を建立し、法然から「念仏三昧院」の寺号を頂戴し
たのが光明寺の直接の始まりである。建永2年(1207年)94日に熊谷で予告往生
を遂げた蓮生の遺骨は、遺言により当寺に安置されたという。

嘉禄3年(1227年)に起こった嘉禄の法難の際にはここで法然の遺骸を荼毘に付し
廟堂が建てられた。その際に法然の石棺からまばゆい光明が発せられたという。
四条天皇はそのことを聞いて、光明寺の勅額をあたえ、寺名を改めた。

法然の弟子である西山上人証空が西山義の教えを広めていき、浄土宗西山派が成立
していくが、その弟子の浄音が証空の教えの上に更に自らの考えをも交えて西谷
(せいこく)流を唱えだし、光明寺の他に禅林寺(永観堂)も主な拠点として西山
義、西谷流の教えを広めた。

1876年(明治9年)には光明寺は浄土宗西山派の西本山となる。
だが1919年(大正8年)に浄土宗西山派はそれぞれの考えの違いから浄土宗西山光
明寺派(戦後に西山浄土宗となる)、浄土宗西山禅林寺派、浄土宗西山深草派の三
つに分裂してしまい、現在に至る。

 


《長岡天満宮》

長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)は、京都府長岡京市にある神社(天満宮)。
旧社格は府社。市民からは「天神さん」と呼ばれ親しまれている。

長岡京市はかつて山城国乙訓郡長岡と呼ばれ、延暦3年(784年)桓武天皇が平城京
から都を移した長岡京が造営された所であり、長岡天満宮は都の西南の外れに位置
している。文化事業の一環として4月下旬には「霧島コンサート」、8月下旬には
「宵宮コンサート」が開催される。同コンサートはクラシックの生演奏に身近にふ
れる機会として、音楽好きの市民に親しまれている。


歴史
現社地周辺は平安時代、菅原道真の所領であったとされ、道真が在原業平らと共に
しばしば遊んで詩歌管弦を楽しんだ縁深いところであるという。
昌泰4年(901年)に道真が大宰府へ左遷された時、長岡に立ち寄り、「我が魂長く
この地にとどまるべし」と名残を惜しんだ。左遷の際道真に付き従ったのが、菅原
氏の一族とされる中小路宗則であり、宗則は高槻まで同船し、帰り際に道真から道
真自作の木像と念持仏を託され持ち帰り、道真の死後その木像を祀ったのが当天満
宮の創立とされている。

また、道真の大宰府左遷に付き従った中小路宗則は大宰府で過ごし、道真の死後に
東小路祐房と共に道真自作の像と念持仏を持ち帰り、祠を建てて安置したことが始
まりとも言われる。爾来皇室の崇敬篤く度々の寄進造営をうけた。寛永15年(1638
年)には当社の東の地に領主であった八条宮智仁親王によって「八条ヶ池」が築造
された。

その後荒廃していたが、明治になり中興の祖である宮司の中小路宗城が境内や奉賛
会の整備を行い復興、長岡天満宮は宗城の代に村社から郷社、さらに府社へと社格
を上げることになった。一代で二度の社格昇格は極めて珍しい例である。
その後1928年(昭和3年)には新京阪鉄道が当社の名前を冠した長岡天神駅を開業
させ、さらに賑わうこととなる。

息子の中小路宗康も1941年(昭和16年)に平安神宮の旧本殿、祝詞舎、透塀を拝領
し現在の境内がほぼ完成する。


境内
社地は元10万余坪に亘っていたが、明治維新に際し上地のため、現今は2万余坪を
有している。現在の本殿は1941年(昭和16年)に京都の平安神宮の社殿(伊東忠太
設計)を拝領移築したもので、正面の朱塗りの拝殿は「菅公御神忌1100年大萬燈祭」を奉賛して、既存の拝殿を増改築したものである(1998年秋竣工)。
本殿への参道の途中にある弁天池の周辺は、回遊式庭園「紅葉庭園 錦景園」として
近年整備された。109日に例祭が行われる。

八条ヶ池には、檜で作られた水上橋があり、そこからは池を中心として境内を一望
できる。八条ヶ池の中堤両側の樹齢百数十年のキリシマツツジは有名で、隣接する
長岡公園の梅園も広く知られている。
キリシマツツジの花の季節に開催される「春の観光まつり」の会場にもなっており
多くの観光客で賑わいをみせる。また境内には竹林や梅林、あじさい園、桜、ハス
アヤメ・カキツバタ群落もあり四季折々の散策を楽しむことができる。


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《 今月の撮影者・小倉 光 》

今月は京都府長岡京市にある光明寺と長岡天満宮に参拝と撮影に行きました。
雨と予報の中出かけましたが、幸い降られることはなく午後からは晴れ間が眩しく、暑いくらいの天候になりました。光明寺では御朱印を頂いた後、ご住職にいろいろお話を伺うことができました。ありがとうございました。
ここから車で10分足らずで長岡天満宮です。正面の大鳥居から大きな八条ヶ池を水上橋を通って拝殿に向かいます。
今回も同行者はTeam200の池田さんでした。ありがとうございました。

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


 のぼかんへようこそ!

『のぼかん』は、文字の形で
その世界観を観ていくという
今までどこにもなかった
観名法です

我が子の内面がわかりづらい
人間関係が苦手である等の
悩みについて、ひとり一人の
持つ名前より解き明かして
いきます

「文字の再発見」では講師の皆さん
の「文字の分析」を毎月発表して
います

『のぼかん』の文字の解釈が、
あーなるほど!と理解して
いただけることと思います