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のぼりりゅうかんめいほう




第201号 2020年(令和2年)9月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第171回  奈良県御所市・髙鴨神社、高天彦神社 》    


 

                                                 
《髙鴨神社》
 
   
                     鳥居からの拝殿

    
           金堂                      拝殿

     
          鳥居                       釣鐘堂

    
          手水舎                      参道

    
           西宮                      東宮

    
         祓戸神社                    市杵嶋姫命神社

    
         佐味護国神社                   西佐味神社

    
      大山昨神社・春日神社                 雷神社・細井神社

    
        あまのじゃくの灯篭                  大黒石

    
          一言主神社                   猿田彦神社
 
    
           聖神社                    金比羅神社

    
          八坂神社                    稲荷神社
 
    
           舞台                    楠木正成公の銅像


《高天彦神社》

 
                     拝殿・本殿

    
           拝殿                       鳥居

    
           三十八社                     菅原神社

    
          春日神社                    八幡神社

    
    稲荷神社・市杵島姫神社・御霊神社               護国神社

    
          神霊の碑                      手水

    
            神石                     高天の水車


   
                      参道


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《髙鴨神社》

高鴨神社(たかかもじんじゃ)は、奈良県御所市鴨神の金剛山東山麓にある神社。
式内社(名神大社)。旧社格は県社。

京都府京都市の賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)を始めとする全国のカモ(鴨・
賀茂・加茂)神社の総本社と称する。
葛木御歳神社(中鴨社)・鴨都波神社(下鴨社)に対して「上鴨社」と称される。

4月中旬から5月初旬にかけて5002,200鉢以上の日本サクラソウが咲く。


祭神

阿遅志貴高日子根命(迦毛之大御神)を主祭神とし、下照比売命・天稚彦命、事代
主命、阿治須岐速雄命(主祭神の御子)を配祀する。

西神社には多紀理毘売命、天御勝姫命(主祭神の后)、鹽冶彦命(主祭神の御子)
、瀧津彦命(主祭神の御子)を祀る。

古くは阿治須岐高日子根命と下照比売命の二柱を祀っていたものが、後に神話の影
響を受けて、下照比売命の夫とされた天稚彦命、母とされた多紀理毘売命が加えら
れたものとみられている。ただし、主祭神以外の祭神については異説が多い。
『特選神名牒』では阿治須岐高彦根命と多紀理比売命としている。
「主祭神以外の神は不詳」とする説もある。


由緒
当地は鴨氏一族の発祥の地であり、その氏神として祀られたものである。
鴨氏はこの丘陵から奈良盆地に出て、葛城川の岸辺に移った一族が鴨都波神社を、
東持田に移った一族が葛木御歳神社を祀った。後に、高鴨神社を上鴨社、御歳神社
を中鴨社、鴨都波神社を下鴨社と呼ぶようになった。

延喜式神名帳では「高鴨阿治須岐託彦根命神社 四座」と記載され、名神大社に列し
月次・相嘗・新嘗の幣帛に預ると記されている。

 

《高天彦神社》

高天彦神社(たかまひこじんじゃ)は、奈良県御所市北窪にある神社。
式内社(名神大社)で、旧社格は村社。

『延喜式』神名帳での祭神は1座。元々は当地の地主神の「高天彦」を祀ったもの
と推測される。

社名・神名の「高天(たかま)」は一帯の地名でもあり、神話に見える高天原の伝
承地とする説が古くからあるほか、高皇産霊神の神名の転訛が由来とする説、高皇
産霊神の別名が「高天彦神」とする説、「高間」すなわち金剛山中腹の平地を意味
するとする説がある。
『万葉集』では、「葛城の高間」と詠まれた歌が知られる(巻7 1337番)
『延喜式』神名帳では宇智郡に高天岸野神社・高天山佐太雄神社が見え、いずれも
五條市の金剛山中腹の神社に比定されることから、「高天彦神」を金剛山の神霊そ
のものとする説もある


概史

創建は不詳。金剛山東麓に鎮座し、元々は社殿後背の白雲岳(白雲峰、標高694
ートル)を神体山に祀った神社とされる。『新抄格勅符抄』大同元年(806年)牒
には「高天彦神 四戸大和国 宝亀十年奉充」として、宝亀10年(779年)に大和国
内から充てられた神戸の存在が記されている。

国史では、大同元年(806年)に正四位上の神階にある「高天彦神」が吉野大后
(井上内親王)の願いで四時幣帛に預かったと見えるが、内親王と当社の関係は明
らかでない
その後承和6年(839年)には従三位の「高天彦神」が名神に列したこと、また天安
3年(859年)には従二位勲二等に昇叙された旨が記されている。

延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では大和国葛上郡に「高天彦神社 名神
大 月次相嘗新嘗」として、名神大社に列するとともに朝廷の月次祭・相嘗祭・新嘗
祭に際しては幣帛に預かった旨が記載されている。

その後の変遷は不詳。高天の地は金剛山への登山口であるため、葛城修験道の発展
とともに文人・俳人が高天を訪れたと伝えるほか、当社は「彦沢権現」とも称され
たという。

また神社東側には、神宮寺の高天寺があった。
明治維新後、近代社格制度では村社に列している。


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《 今月の撮影者・小倉 光 》

今月は奈良県御所市にある歴史ある神社に参拝と撮影に行きました。
猛暑の中、高天彦神社の深い木々の参道を抜けると、いきなり嘘のような涼しい風に見舞われ、しばらく汗が引くまで動くことはできませんでした。
二社ともに木立深い中にあり、神秘的な静かなたたずまいでした。
今回の同行者はTeam200の池田さんでした。暑い中ありがとうございました。

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


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