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のぼりりゅうかんめいほう




第176号 2018年8月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り  第146回  奈良県生駒郡斑鳩町・法隆寺 》    


 

                                                 
法隆寺》
   
    
                       金堂


       
           五重塔                     大講堂

    
    
       中門(修復工事中)                  西院伽藍




      
           夢殿                    絵殿・舎利殿

      
    
          礼堂                      東院鐘楼


    
          伝法堂                     東院伽藍




    
           西円堂                     三経院


    
          聖霊院                      綱封蔵

  
    
          大宝蔵院                    百済観音堂


    
          南大門                     東大門

  
    
          西大門                      四脚門
      
           
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法隆寺

法隆寺(ほうりゅうじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある寺院。聖徳宗の総本山で
ある。別名は斑鳩寺(いかるがでら、鵤寺とも)、法隆学問寺など。

法隆寺は7世紀に創建され古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子
ゆかりの寺院である。
創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年)と
される。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分け
られる。境内の広さは約187千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の
木造建築物群である。

法隆寺の建築物群は法起寺と共に、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」として
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。建造物以外にも飛鳥・奈良時代の
仏像、仏教工芸品など多数の文化財を有する。


創建

法隆寺のある斑鳩の地は生駒山地の南端近くに位置し、大和川を通じて大和と河内
とを結ぶ交通の要衝であった。付近には藤ノ木古墳を始めとする多くの古墳や古墳
時代の遺跡が存在し、この地が古くから一つの文化圏を形成していたことをうかが
わせる。

『日本書紀』によれば、聖徳太子こと厩戸皇子(用明天皇の皇子)は推古9年(601
年)飛鳥からこの地に移ることを決意し、宮室(斑鳩宮)の建造に着手、推古13
605年)に斑鳩宮に移り住んだという。
法隆寺の東院の所在地が斑鳩宮の故地である。この斑鳩宮に接して建立されたのが
斑鳩寺、すなわち法隆寺であった。

現存の西院伽藍については、持統7年(693年)に法隆寺で仁王会が行われている
(『法隆寺資財帳』)ことから、少なくとも伽藍の中心である金堂はこの頃までに
完成していたとみられる。
同じく『資財帳』によれば、和銅4年(711年)には五重塔初層安置の塑像群や中門
安置の金剛力士像が完成しているので、この頃までには五重塔、中門を含む西院
伽藍全体が完成していたとみられる。

金堂の「東の間」に安置される銅造薬師如来坐像(国宝)の光背銘には「用明天皇
が自らの病気平癒のため伽藍建立を発願したが、用明天皇がほどなく亡くなった
ため、遺志を継いだ推古天皇と聖徳太子があらためて推古天皇15年(607年)、像
と寺を完成した」という趣旨の記述がある。しかし、正史である『日本書紀』には
法隆寺の創建については何も書かれていない。

なお、八角堂の夢殿を中心とする東院伽藍は、天平10年(738年)ごろ行信僧都が
斑鳩宮の旧地に太子を偲んで建立したものである。


西院伽藍中門

西院伽藍は南大門を入って正面のやや小高くなったところに位置する。向かって
右に金堂、左に五重塔を配し、これらを平面「凸」字形の回廊が囲む。
回廊の南正面に中門(ちゅうもん)を開き、中門の左右から伸びた回廊は北側に建
つ大講堂の左右に接して終わっている。回廊の途中、「凸」字の肩のあたりには東
に鐘楼、西に経蔵がある。
以上の伽藍を西院伽藍と呼んでいる。金堂、五重塔、中門、回廊は聖徳太子在世時
のものではなく7世紀後半頃の再建であるが、世界最古の木造建造物群であること
は間違いない。
金堂・五重塔・中門に見られる建築様式は、組物(軒の出を支える建築部材)に
雲斗、雲肘木と呼ばれる曲線を多用した部材を用いること、建物四隅の組物が斜め
45度方向)にのみ出ること、卍くずしの高欄(手すり)、それを支える「人」字
形の束(つか)などが特色である。
これらは法隆寺金堂・五重塔・中門、法起寺三重塔、法輪寺三重塔(焼失)のみに
見られる様式で飛鳥様式とされる。


東院伽藍

東院伽藍は聖徳太子一族の住居であった斑鳩宮の跡に建立された。
『法隆寺東院縁起』によると、天平11年(739年)斑鳩宮が荒廃しているのを見て
嘆いた僧行信の創建である。回廊で囲まれた中に八角円堂の夢殿が建ち、回廊南面
には礼堂、北面には絵殿及び舎利殿があり、絵殿及び舎利殿の北に接して伝法堂が
建つ。



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《 今月の撮影者・小倉 光 》

今月はTeam200のメンバーの池田さんと二人で、奈良県生駒郡の法隆寺に参詣と撮影に行って
きました。
晴天で体感温度は40度超えという猛暑になり、それでもボランティアの案内の方のお蔭で、今まで
お参りできていなかったところも参らせていただきました。
ありがとうございました。
 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


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『のぼかん』は、文字の形で
その世界観を観ていくという
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いきます

「文字の再発見」では講師の皆さん
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います

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