
祝
近藤慶子氏 のぼかん『上級科講師資格取得』
令和8年2月22日〜23日で行われた『上級科講師資格試験』において、東海のぼかん代表、株式会社オールスクエア代表取締役である、近藤慶子氏が難関を突破して見事合格されました。
のぼかん在籍25年にわたる学習に始まり、諸々ののぼかんの形作りより携わり、初級科中級科各講師を経て、多くの生徒さんの側に立ち接し指導し見守り、対外的なその評価もしっかり築き上げ、その任に相応しいとの判断に立ち今般の試験への挑戦となった次第です。
ご承知のように、氏自身黙々とコツコツとをモットーにして在りますから、緩やかでも確実な理解や実行のもとに、その能力を蓄えて来られたと思います。これよりまた一段上の待ったなしの立ち位置を務めていただきますが、その本分通りコツコツと進み行く姿勢で、世にのぼかん世界の提言を続けていただきたいと思います。
ここまで多くの困難を受け止めながら努力し、その位置を獲得された事に敬意を表すと共に、ますますの健康とご活躍を祈念いたします。
令和8年2月24日
のぼかん 上 海州
「独歩百歩千歩」(どくひゃくせん)[二十七]
「また春が来る」
私事の基準ながら、冬の季節を越すと安堵します。細かく言うと3月末を過ぎ4月が始まるとホッとします。
元来冬の寒さも夏の暑さも平気ですから、季節感にある緊張とは違い、まあここまでの人生において、誕生月の11月から3月の末ギリギリの間に、自分の身に不遇の数々があったと言う事となりますかね。
それらが重なるうちに、どうやら自分の誕生日前後は気をつけねば、年を越すには慎重に確実にと言い聞かせ、何につけはしゃぎ過ぎず冷静さを保ち、油断やウッカリを戒めてと、多忙な時でも気づくとその事を心に響かせます。
こうして書くと個性や性格として、ここまでこんな調子で生きてきたんだとも言えますから、殊更この季節がとするには無理筋とも思うのですが、人生においての節々と感じる様な状況や出来事がここに集中している故に、否応なくこの季節はより心して生きる、となったのだと思います。
自分の分析では繊細だが臆病ではなく、大胆だが粗でもなく、まあまあ大人しいが呑気な性格なんだろうと結論づけれます。
俗に言う人がやらない事をやりますから、世の中の定番の型にははまりません。
しかしその型の意図する世界を持ち合わせていないと、世間を渡る事は出来ませんから、はまらないだけで比重はともかくちゃんと有してると言えます。
つまり自身ではまともの範疇に居ると思いますが、周りのこれまでの声を集めると、型破り、変人、とやや危なっかしい部類の奴の位置に有るようです。
まあお陰様で世の中、それも個性よ、あれも個性だと大きくその解釈を納得して広げてくれる時代になりましたから、相変わらずでもないですが、肩身を狭くすることもなく、ただ思うままの姿勢でここまでを過ごさせていただけてます。
そんな中でも良く聞かれたり質問としてあるのが、何故そうと振る舞ってこれたのか、性格上ではなく、処世術としての何らかの極意を得てるのではないかと、大層な思い込みをぶつけて来られる方もいます。
そんな時いち早く応えてしまうのが、処世術はともかく処世訓なるものは嫌いだと。
こうあるべし、これを知らねば人として問題、これはこうだから云々。
例えば「健全な精神は健康な肉体に宿る」〜
そもそも健全な精神が疑問、病気や不調を発するから健康の意味もわかる。
「努力は嘘をつかない」〜
努力するから必ずそうなるとは限らない。つまり努力も情熱も時折り嘘をつく。
「一円を笑う者は一円に泣く」〜
そもそもの単位は一だから一円を笑うはずがない。
でも昔はこう言う処世訓や標語があり、そうなんだねと素直に受け入れていた、やがて段々と疑問も増え意味を考えると、もっと違う表現がある様な気がしたりした。
「日々の精神の持ち様は、その肉体の健康の度合いに比例するようだ」
「努力しようと決めた動機を忘れるな、それが大事なのだ」
「一円は気にならないが、百万単位だと今後が気になってしようがない」
歳を取ればこう変化する。
つまりは答えのある場所を、探し見つけては拾い拾い生きても、それは他人が答えとしたもの。
真似は出来たとしても所詮真似だと自分はわかっているから、自分が捻り出した答えとはなり得ない。だから素晴らしい、納得したと応えたそばから、必死に真似表し生きることを考えるから、合わない肌に無理くり擦り付ける様なもので、やがて皮膚炎を起こしては、これは違うわ、もっと肌感も合うものをとまた探し回る。
それにも疲れ果てた頃、ふと私自身の滑稽さを笑っては素の自分はと、自身に問いやがてその不器用さ不様さに、我が身我が心を抱きしめようとする。悲しみも切なさも溢れ尽きないとも思う。だがそれを経るとその感覚に少しの安堵感も見るから、やがて私らしさ私の素直さを大事にと気づくと、これから自分を大事に自分に納得しながら生きようとも誓える。
そうよ、歳を取らなきゃ分からないことは間違いなく有るのです。
学校でも社会でも必ず教えて貰えるものでもなく、朝を迎え昼を過ごしまた夜になって明日を予感する事を繰り返し繰り返して、昨日と今日の違いをどこかで感じ取り見つめ、またそれを根拠にしながらその全体をも繰り返す。
だから「かく有るべし」の処世訓など、生きる時間の流れに乗ると大した意味もなく、「私が私として考えた事」を支えとして生き試し、新たに得た揺るがぬ気づきが貴方自身の真の「納得」として備わるのでしょうね。
私は私と思う事と、一億総個性という意味にはなんの隔たりもなく、ただ言葉として表すと大した違いと錯覚してしまいます。
こんな錯覚が人の心の混乱の因の一つでもあるのですね。
これが処世訓を嫌う根拠としてある理由です。
もう少し正直に話しますと、実は小学6年生の時に出会った「我が立ちたる所を掘れ」という言葉に、私の人生の半分は鍛えられました。
つまり親や家の願いを背に、私が覚悟して引き受けた家業、それを失敗しその敗戦処理に長い年月が掛かり、同時にあらゆる事象にもみくちゃにされながらも、「掘れ掘れ」という言葉が掛け声と聞こえ続けて、ギリギリの心境まで追い込み続けている時、やっと病気に出会いその掛け声が消えたのです。
そうさすがに病気を「掘れ掘れ」とは思いもしません。
そこで初めて自分だけを見つめ知る時間を意識でき、慣れないながらも自分という単純にしか思えなかった、自分そのものを理解しようと探り出したと思えたのです。
好きな掛け声ですから、「掘れ掘れ」と続けていたならどんな結末になっていたかはわかりませんが、その掛け声に従い生きる私であり続けたであろう事は間違いありません。
すると誰にも相変わらず理解されぬまま、自己満足だけを頼りとして生きる厄介者だっただろう事は否めません。
想像すると、余り面白くはありませんね。
そうそんな掛け声だけを唯一の味方にしてなんて、哀れで情けなくてそれでも自身だけは許容し肯定してと、一人の殻に拘り続け何の楽しみも知らず、一人ひとりの凄さや可能性の世界を考える事も知らずに、自称「無知の極み」で終えていたのでしょう。
だから言葉がその人にフィットすると、自己暗示にもなるという事に気づきましたから、言葉の使い方の難しさ大事さを常々思うこの仕事は、まさに私の人生最後の天職とも映して、終わるまでそこに呻吟しながら有りたいとも思っています。
そう安泰、平和な余生をとは私自身は求めてはいないようです。
ある種緊張の期間の3月18日に『のぼかん』は26周年を迎えます。
そうなんですよね、嫌い避ける心境の背面には、逃れようもない事実の存在があり、その無視出来ぬ意味を思うと、人の心理の複雑さか面白さか、全て自らの歩みの事実に沿った今の私となりますね。
緊張する季節の締めくくりの月として、ややこしい文章を敢えて書いてみました。
そう3月の季節はもう『春』なのですね。















