本文へスキップ

のぼかん

のぼりです

 「考える階段」

秋の夜長は実に濃くも深く思慮の世界に引き込まれる。
早い時間に仮眠しては夜中に起き出し、また書類に目を通すのが、この季節のお定まりとなってしまっている。
関係のある会社や勉強会からのレポートを読むには相応しいのだが、深い闇は彼等の現実やここまでの道のりを如実に教え、その苦悩まで訴えてくる。関西で開くある会は男子会員のみで30人定員を崩さず、毎月一回を『群れず媚びず高め慢心せず』をモットーと掲げ、かれこれ13年の歴史の中で、とことん『考える』事の大事さを追求して来た。

期待に違わず、多士済々のメンバーが互いの個性を確実に理解しながらも、一つのテーマに対する徹底的合意として終わる勉強会の趣旨に従い、鍛えて強く度量深く逞しくある。
能力の差をひけらかす勝ち負け等は幼稚な世界で、各自がいかに己れの信念を育て、且つ全体を観て考える力を持つのかは、個人差はあるがこれらを満たす能力を身につけるとなると非常に難しい事で、始めの頃の打ちのめされては狂乱のレポートの提出も多かったが、『個性』を知る事の大切さが結果的にそこを救い、忽ちに乗り越え月一の真剣に自らを鍛える場として臨んでくる。

肩書きは実に様々だが、『個々の鍛え』として覚悟して臨む姿は、皆立派で文句のつけようがない。
年2回義務付けしているレポートの中身でしか、個人の『事情』は知らないが、持ち帰り読む時間の緊張感に、自分の限りある思慮を振り絞り試されるのが毎度となると、なかなか体力的にもキツくなって来た。
13年の間に皆が色んな人生を越えて、それでも毅然とある事に尊敬と称賛を覚えながら、シンプルに『いい男達だ』と頷ける。
解散後の飲み会も食事会もなく、別れ行く姿を見送っては幹事社の淹れてくれたコーヒーを飲み終えてから帰路につく。

何をこれ以上出来るものかと夢の中ではそのレポートの状況や場面を突きつめるけれど、目覚めてしまえばいつもの部屋にいつもの顔で有り、いつもの朝の手順をこなし、淡々と身支度をしては出掛けて行く。
最近は膝の調子が思わしくなく、用心しながら3階から降りる。朝の出掛けにいきなり身体を庇う気分はあまり宜しくないが、逆らっても詮ない事の数々を覚え身につけて来た分、やれる事への挑む渇望は増しこそすれ失せいく事は今のところ無い。
不自由さの意味もわからないような時分は、何処を向けばいいのかもわからぬもので、あまりに広すぎる世間の大きさに、とりあえずひとまずと何かに拠ってはキョロキョロとするのみだったかも知れない。

しかしそれも世間や他人に対しての意識が芽生えた頃から、表に出せる範囲でとこの未熟さは人前に出すには耐え難いほどの情けなさでもあり、その分伸ばせる目いっぱいの背伸びをしながら、疲れては下ろしまた伸ばしと、まるで一人芝居のバタバタにそのうち笑えては悲しくもあり、自信を持っての生き様の境目や領域とはと、祈るかのような気持ちでありながらも自身が無為と認める時間をひたすら過ごして来た。
地球を何周か歩いたような気分の年頃になった頃、ふと自分にはあの無為と位置付けていた頃が、実はとても貴重でそれこそ無視してはならぬ正直さであり今のこの自分の紛れもない基本、基礎の部分、時間であった事を思い知らされる。
それから以降身に付け纏ってきたものも、例えそれが賞賛や評価を確実に得たものであろうとも、元を辿ればあの時からこそであり、それが私の事実である故に今自身を語る誰であっても、ここに至る道程に大した差はないのではないかとそこにも思い至る。

ならば己が歴史は歴史としてきちんと捉え今の現実はただそれの延長上の現実として考え、社会的価値観の有無に多大な評価を求めようとさえしなければ、別段この先も行ける所まで行くだけよと、拍子抜けするくらい腑に落ちる。
人間の不思議さ面白さは、ただ単純に本能に任せきれるわけではなく、生まれながらに有る情報や条件に従い合わせ比較して、『考える』事の重要さを教え込まれる。
すると大なり小なりその意図を汲み沿う事が可能である分、考えては答えをいち早く出せる優秀さに特別な価値をみてしまう。
そこで編み出された今より便利に高度にという言葉に沿える者にまた一段の称号を与え讃え、それを美化し美徳として社会の規範と位置付ける。

こうして目標の出来た社会で人は整然と付き従う理由を得ては、迷わず進む事で出す答えに次々と評価を与えられ享受してきた。
いつしか社会の表にある者その陰にある者に、なんだか怪しい差別を拵えては、人の優劣とも被せるようにもなるが、実はなかなかそれがエスカレートしないところが人の本能で、自己矛盾や聳り立つ自然の偉大さや脅威を前にしては、我が身の不遜さを恥じる種を確実にその身に宿す。
するとたちまちに誰もが原点回帰として、あれだけ前を向いていた日常にそういえばあの頃はとか、元来の自分を省みる事で、いつしか不安定な背伸びを課していた自分に気づき安定を模索する。
原点に納得し得心してこその未来や将来があり、そうでなければせっかく遠くまで生きてはまた戻る事になって、そこを経てからやっと安心しての再スタートに立つ事にもなる。
どのパターンが良いか悪いかではないが、だからこそ今の苦悩もわかる限り解明しながら進む方が、よほど精神衛生上は宜しいのだと常々思う。

3階建ての鉄製の階段。カンカンと鳴り響く音に刺激を受けるのか。僅かな階段の数の昇り降りしながら何故か毎回毎度こんな事を考えてしまう。だからメガネの焦点が合わぬままだと慣れた階段も侮れぬ時もある。
今日は『古希』と呼ばれる日である。
『古希』をのぼかんで考え観ると、「この現実ここまでの生き方をもってして、更なる自分の価値観を見つめてはただ「毅然」とあり続けよ、ゆえに答えは出ず出さず」となる。

なんだよ、まだまだ真面目にかよと呟きながら、『二十日会』へと向かう。
コキッコキッと鳴る膝に鼻で笑う。
立ち止まり足踏みして音を止めてみる。少し痛みが走る。
無かった事にして駐車場へ向かう。






初級科講師資格試験・鈴木さん、伊藤さん


中級科修了式・鈴木さん、伊藤さん


初級科修了式・郝さん、寺田さん
畠中さん、戸田さん、篠田さん



初級科修了式・榎本さん


初級科修了式・岩瀬さん


初級科修了式・林さん


初級科修了式・渡辺さん


初級科修了授業


初級科修了授業


体験会・小学生の質問に答える先生


体験会


特別講座・午前


特別講座・午前


特別講座・午前


特別講座・午後


特別講座・午後


特別講座・午後