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のぼかん

のぼりです

「至る」

それぞれの日常の過ごし方も、今日は頑張れたと認められる日もあれば、今日はちょっと集中できなかったなと思う日もあったり、頑張ったつもりだが成果は今一つだったり、真逆の結果に終わったり、手も足も出ない自分を感じる時もあれば、傍観者として胸中大いに批判や批評に終始しては、他人事で良かったなと安堵したりと、一歩外に出ると様々な様相に備え向き合う自分の心持ちがよくわかり、家に篭っていてもその限りある状況とした範囲内でも、結構一喜一憂を覚えるものだと知る。

長じて二十歳になるとつい昨日の十代よりも、何かしらの違和感を知り、それが内面からなのか、途端にそうと見る世間の風というものかはわからぬままに、21.22.23歳と歳を重ねていっても、いくら自分が必死で目一杯とした事でも、その自覚ほど世間は「若き人」の範疇でしか評価はされず、その事についての異論を訴えるほど何かの根拠を持つわけでもなく、いつしか押し込めては認めてもらえぬ意味を理解する構えを持ち始めるに至る。

それでもそんな感情を時折り持ち出しながらも、年々と目先の課題と必死に生きながら、やがて三十歳となり、つい十年前に思った三十歳の時点での手応えとしてあるような遥かなる未来も、なんだか現実の積み重ねの延長だなと少しの確信を得ながら、未だ溶けぬ「若き人」の縛りの痛みは確実にあるが、向かいの席に座る二十歳の青年とは明らかに成熟の度合いは違う事も知り、誇るよりも先にそれだけ歳を重ねた自身の歩みの長さに思いが至る。

組織にあっては組織内の実状に合わせながら、自己の主張の強さを増すべく、その結果の実績の重ねにのみ組織としての評価も期待も存在する事を知り、その範囲より洩れぬよう外れぬように自らを律し、本音と建前の用い方を必然として覚えては、生きる事の意味も朧げながら手応えを得るに至る。

組織内ではなく、自立にその自らをかけてみようと思い立った者は、そこに至る数々の我が身の事実を根拠に持つとするが、一歩飛び込んだ世界はそれまでの数々あるという根拠など、社会においては何の物の役にも立たぬ事を知り、たちまちに己のその実力や能力しか立つ瀬はないことに思い至る。

そこは年齢に関わらず自営業としての魅力の確かさのみが、受け入れられる物差しであり、意欲も精神性も出自も関係なく、社会に存在を認められ許されるかどうかの「価値」が実業としての規範となる。ゆえに頼る組織を持ったり、助け人を求めたり、その時々の都合でアピールと沈黙の出し入れを使い分けたりと、何かしらの我が身に合う手法を取り込む事に必死にもなる。
なぜならば自立や自営とは、勝ち残る前に生き残る側に居る事が最低の意義であり、勝てば天国負ければ地獄の極論の世界が、確実にこの世に存在するという冷徹さに否応なくも思い知り至る。

そんな現実感に染まる三十代を走り生き、四十歳に立ち入れば、二十代のどこかもどかしいような苛立つような青春の輝きも束の間、必死にならざるを得ない道に覚悟を決める三十代の方が、費やする時間の速さを覚えては、山積みされそうな未消化の物事の処理の難しさも知り、これより先生きる道の結末にある種の不安が少しずつ増しては、避ける避けたいよりも人として生きる以上、我が身にも起こり得る可能性の悲喜の世界を知らずして、これからを生きれるものかとの覚悟にも思い至る。

そして実感としては確かとしながらも、四十代の日々は振り返る暇ももらえず速歩で通り過ぎて、あっという間に今日はなんと五十歳を迎えた。
喜びよりもある種怖いような自身の現実に少し戸惑いながらも、事実から目を背けても詮ないこととしながら、二十代、三十代、四十代ではどうしても見えなかった世界の色彩も、作りの微妙さもその軽重のほども確かにわかり出した気がして、では何故ここまで見えなかったのかとふと人たる世界の来し方より、究極の感じ入り知る世界が漫然とながらもあると思える心の据わりを覚えて、これまでの実直だろうが器用にだろうが、それぞれに選択した道は異なっていても、生きていけば何かしらの自分だけの手応えは得るのだという予感に思い至る。

この五十代もまたまた油断する間もなく、シビアな日々としてありあれよと発すると六十歳の舞台です。
『おめでとうごさいます』と祝ってもらっても、悪いがちっとも嬉しくも有り難くもない。
むしろなんだか歯痒いような、悔しいような訳なく苛立つ気を覚えるが、向ける表情は『皆さんどうもありがとう』と、人生初めてのにこやかなる笑顔をしている。
ああなんたる強かさかと思いつつも、ここまでそうであったように、事実をしっかり受け止める術は身についており、まだまだと言うよりもせめてやり残して終わることのないようにと、忽ちに気を引き締めようと思うが、体は緩む一方で心技体という言葉を使うことの年々の少なさが、実は老化の始まりかと今頃思い至ったりする。

市の保健課が、あれの検査をこれの検査をと年に何度も案内してくれる。特に昨今の時勢ではそれが例年の倍くらいの通知をしてくれる。
家族でもここまでの心配はしてくれないのに誠に頭の下がる配慮で有り難いが、とっくの昔から病院通いはしているし、細かい検査も遥か以前から欠かせない。
自分なりに『肉体の現実と精神性の現実』を語る用意は常にあるから、尚更この国の国民に対する備えの手厚さに尊崇の念を抱かずにはいられない。

こうしてここまでの知る限りの年代の感覚を述べてみたが、七十代にならんとする迄の日々の数々に、驚くほどの数の事実や感情が存在しており、それが全国民にも現存している事に思い至れば、出来うる限り一人一人の『個性』としての有り様を理解してもらい、それを当然とする世の中として、この国の将来を考え語り決めて行ってもらいたいと自然と思えるようにもなった。
私に言われたことはないが、『お若いですね』はその年齢にしては、というそれより若い人の感想。
そう彼らはこの世界を知らない。
私も七十代、八十代の世界は未知なる世界。
だが同じ六十代なら若く見えようが老けて見えようが、ほぼ等しい感情でみる。
そうなってみなきゃわからない世界を、敢えて悲観してみることはないよと言えるのがここまで生きた確信。

他人の生き方に良いも悪いもなく、それでもとそこに価値をつけると忽ちに苦悩の世界からいつまでも抜け出せなくなるから、自らの今その時々を一生懸命であれば、そして少しだけ『各人の個性はどう違うか』くらいは身につけておけば、いよいよを迎えた時に、なんだか自分の気持ちだけに集中出来る事が満足として現れる、そんな気がします。
そこに至るまで、まだ見ぬ世界にせめて堂々と向き合っていきたいものだと思っています。










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