「のぼかん精神」
先月の『二十日会』は「のぼかん」創立25周年日の翌々日の開催でした。
いつもに増して大勢のご参加をいただきました、心より御礼申し上げます。
会の主旨の全うを基軸としながら、それでも参加者に心ばかりの物をと思っていたら、逆に講師の皆さんより過分の贈り物もいただき、ただ々恐縮するばかり。自らの事に関して祝いや主張の席の派手さを嫌う生き方を通して来ましたから、きっとこれでもそんな我儘な私に遠慮も気遣いも加味してのことなのだろうけれども、素直に有り難く改めて感謝いたします。
創立した2000年は社会に携帯電話が広がり始めた頃でした。
それでも、私としてはそのうち我々も買わなきゃいかんのかねぇ、パソコンも導入するんだろうな、の会話を事務所内で交わす位の感覚でしたが、大袈裟でもなくひと月毎にその必然性は高まって来て、たった一年で事務所を閉鎖し、家を本拠地として活動と決めた辺りでは、この身の周りには必須のアイテムとなっておりました。
大して細かく連絡をとる相手がいる訳でもないのにと思いながらも、世の本流が定まって来ているならば、そこここの現場にとっては正に奔流たる勢いで新旧の交換が為されていき、燎原を焼き尽くすかのような圧倒的拡がりをもって、社会や世界の当然として席巻されていく。
この勢いはその頃50年余り生きて初めての経験であり感覚でしたね。
身近でも得意不得意、興味や嫌悪等等お構いなく、当然でしょ普通でしょと位置付いていきました。
元来人は孤独の「独」に浸るのは得意と思ってましたから、携帯やパソコンの機能や操作に慣れ親しもうと打ち込む、そしてそこに自身の未来を投影出来そうな予感を確実に見出せるからこそ、そんな流れを否定するどころかむしろ歓迎する勢いで広がる訳ですから、民間企業は元より個人間の常識的な判断にも適い、ましてや行政や教育や産業の場でも、たちまちの内にまさに当然とされて来ました。
いやいや俺は私はと流行に迎合することを嫌う人々の思惑など、一顧だにするでもなく世の中はあっという間にそうと変化して来ました。驚くは書けるけれどもそれでは当てはまらず、驚愕という字を改めて調べ直したこともありました。
おそらく時代は緩やかに変わるもの、との思いもこうして驚愕の扉を開けてこの現代を生きていますが、この歳までの未熟な知識で把握しようとしても、この種のツールでここまで世界中が一つの情報や現実を共有できる可能性とは、頭ではわかっているつもりでも、今だにその衝撃を多少なりとも引き摺ってはいます。
無論否定的な見地から考えたりはしませんが、それでも引き摺る事の内訳をよくよく覗いてみると、この便利さの先の延長上の未来を思う時、そう明るいとも楽しいとも思えないのが、不思議や疑問としてあり続けるという事かな。
よく言う便利の先の衰退の怖れや予感とも似たような。
パソコン、携帯電話、疑う事なく便利であり優れもの以外の何ものでもないのだけれども、何かしら幾つかのピースが埋まらぬままで、それがますます深さを増すようなとでも言うのか。
居ながらにして必要な相手と話せたり、その様子を報告し合えたり、はたまた他人の意見を聴けたり、そこに自分の意見も交じり伝え知ってもらったり、遥か昔のコツコツと積み重ね、後生大事に生き甲斐ややり甲斐として守っていた世界も、ワンタッチで誰に遠慮もなく披瀝出来たり、ある種無責任な発信をしたとしても、そうそう大して問題にもならず、むしろ加速された表現の自由という風潮の結果の表裏一体要素として、甘受してくれるしそんなものさと鷹揚とも無責任とも無関心とも映るけど、それも当然有りと位置付く。
それも今や年齢関係なく、小学生の私の孫の年代でもそんな言葉を使える。
困難の先にあった外国とのコンタクト。それが今は普通の事柄なら何の問題もなくパジャマ姿であっても、顔を見ながら談笑も仕事も用事も果たせる。そう便利以外の何ものでもないのだ。
買い物や種々の申請やお金の出し入れ振込み手続き、究極過疎地の医療についても遠隔診断も出来、「居ながらにして」の項目の圧倒的満足度は誰も疑わない。
それでもそれでもと宿る衰退の怖れとその先の混乱の世の予感。
それでは『のぼかん』の出現は世にとってどう映りどう理解されどう位置付くものなのか。
実はこれは開業する時に幾度となく反芻して来た事であり、大きく人間生活に社会性に対して、佳き効果をもたらせども、少しの不幸を招く要素があるならば開業はしない、裏返せば世に必要とされるのなら出そう、不安や怖れをもたらす事であれば絶対にやらない、と開業の要件の第一番に位置して考えぬいた項目でもあるのです。
ご承知の様に『一億人居たら一億の個性として理解する』のですから、そもそもが統計としての必要件数を淘汰すれば適うというものではありません。
一億人の個性として説明し得る理論として整備してありますから、現実には『草の根的な展開』でこれを行うとした25年であったのです。
それも事業として始めから取り組んでいますから、一段と『商品』としての、レベルの高さには大いに拘り取り組んでいます。
それは『自分が自分に問い聞き納得し得るか』という逃げ場のない立場での講師像を具体的目標に持ち、研鑽を積み重ね、同時に人生の充実に自らが向き合う事を意図してもいます。
『のぼかん』の無い時代においては、『人の個性を知る』には、熟練の年数を生き抜いた人、あるいは歳の功を誇って来た人、あるいは『偉い人』とされる職業の人の言葉から出る評価は間違いなかろうとされて来ました。無論父母や肉親もそれに当てはまります。
しかし大抵これだと『長い年数』を経ないとその領域に到達し得ない、という背景があります。並んで、果たしてそう語るその人の意見や評価が適当であるかどうかは誰も証明出来ません。こうこう言う人の教えも、なるほど見事な観察眼だとは受け取れても、その理解に至るまでにはまた時間を要する訳で、所詮その人がそう思っているだけでしょ、以上の説得も納得も難しいものがあります。
占いや運勢学と言われるものもそうですね。この業界の統計に従えば、かく言えるとなり、ましてやそこに未来の断言までされた日には、その『圧』は何年となく残り怯えとしてあったりします。なぜそんな『圧』をかけるのか。
怯えていると再度の救いを求めてまた訪ねてくるらしいのです。つまりリピーター作りには『圧』だとの事。その証拠にその人らは自らの事はその自分の商品を積極的に活用しようとはしないらしい。
そんな現実に当てはめて、初めから統計至上という言葉より、一人一人の納得として『草の根的な展開』として、それも事業家として正当な『のぼかん』の伝道者として世に質す事より始めました。
ですから『のぼかん』は便利ではないのです。少し触れると面白いと言ってもらえますが、向き合う先は大事な『名前に観るその人の個性』ですから、観る側の確たる姿勢をまずは試されます。その上での『事業としての安定と成長』に世に適う仕事としての評価を同時にいただくと思っています。
これまでの歴史になかった『のぼかん』の考え方をアピールしての25年も、ここから先はこれまでの政治の在り方国の在り方も、徐々に変化していくだろうし、その過程においての世の乱れが、人心の混乱として顕になる時代に入っていくのでしょう。
人間はもともと辛さや痛みや苦労には敏感ですから、先に希望を持つより困難さをまずは思ってしまいがちです。そんな時に世の人としての『あなたの個性』をまずはきちんと理解し、先の怖れを前にしても自分の自分たる所以を理解し納得して、それが身の回りに対しても一人々としてのご苦労はお互い様として、その個性をも理解し合い、等しく手を取りあって未来に向かう。そんなこの後の25年として、『のぼかん』に携わって参りましょうか。
『文字の真実に迫り
名前の奥深き世界を語り
皆さまおひとりおひとりの人生の一助となって
社会や日本の国の平和に貢献してまいります』
皆さんどうぞ元気で今後とも宜しくお願いします。