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のぼかん

のぼりです

 「独歩百歩千歩」(どくひゃくせん)[三十五]

「やがて枯れゆく」
『ねぇ、なんで人間は枯れていくというの』
「?」
『だってよく本に出てくるし、植物とかならわかるけど、生きているのに枯れると言うのは何故かなと』
「あー確かにそうだね、そう言う言い回しもあるし、ある人への感想や人間性を表す時に、枯れてると言う使い方をするね」
「詳しく調べた事はないけど、理解の範囲で言えば、人間は生まれながらにして色んな欲望や欲求を覚え主張して生きていく。本能とも言えるが、そこには他よりも多くとか、あれもこれも欲しいとか、自分でも時々持て余す程の欲望もあるのだろう。それを良く言えば意欲的であるとか、向上心豊かとか、やる気に満ちている、などとも表現されるよね」
「それが年齢と共に、そんな様々な意欲が無自覚の状態から、やがて意識的にも段々失せて行く状態を、枯れて来た、枯れ行く、と表現したりするんだ」
「自分でもわかるのだが、側から見たら長年の言動や表情より、更に冷静に感じたりするんだろうね」
『じゃあ人間としての欲望が徐々に少なくなって来る、と理解するんだね』

今中1のこの子が産まれる前から出入りしている家での今日の段階での用事が終わり、ご当主と若旦那とお茶を飲んでる席にいきなり入って来て、このやり取りになった。
ご当主が『おじいちゃんみたいな人の事を言うのさ』というと、果物を持って来た奥さんが、『さぁどうかしらね、まだまだ意欲は尽きないようですが』と皮肉混じりに出てゆく。
若旦那との折り合いの不満の果ての業績の落込みの相談が本日の訪問の目的だったから、奥さんの一言に一瞬場は静まる。
若旦那が中1の息子に、『大人の話の場に出て来るんじゃない』、と弱々しくも窘める。
「いいじゃないか、いつもの様に顔を見せに来てくれただけだから」と私が庇う。
するとちゃっかり隣に座って来た彼の持つ本を見ると、以前私が薦めた北方謙三の老刑事物だ。私がニヤッとすると彼もニヤッとする。さぁもう部屋に帰れと言うと、片手をズボンに突っ込み口笛を吹きながら出てゆく。
老刑事のお定まりのポーズなのだ。親達は呆気にとられた表情で見送る。

世代交代の難しさの現実が今回の問題。若いうちは、想像しようとしても実感すら湧かなかった「老いる」世界。
親を見て大人たちを見て、ああそんなものか、そうなるのか位は想像が繋がっても、それはあくまで他人の実状であり、私のそれではない。
そんな気楽な時代を経て、泣いても笑ってもそれは我が身に着実に育ち迫って来て、少しずつ少しずつ想像していた世界が身近なものとなって来る。
年齢と共に身体の変調も、環境の実状も少しずつ変わりやがて否応なくも、それに付き合わざるを得なくなる。それが如何に自分の思い描いていたものとは異なっても、任せた許した以上は口を出し続けるにも限度を設けなければ、若い者は学べないしその地位に踏ん張れないしたまったものではない。
あれほど後継に委ねると宣言したのに、一年も経たないうちにもう見ちゃおれん、我慢ならんと言うなら何の為のこれまでのストーリーだったのか、それすらも反故にする気かと部外者の私もつい言葉を荒げてしまう。

そんな雰囲気を察しての中1の孫の登場であるのは目に見えていて、それも本人なりの精一杯の推察の中で、たまたま読んでた本によく登場する「枯れ切った男」の内容をぶつけて来たのだ。
大好きなおじいさんや、父親がぶつかり家中が混乱するこの数日を、彼なりに緊張しながら過ごしていたのだろう。そこに気安い私の登場だから幸いとして、しゃしゃり出て冒頭の問答となったのだ。
なかなかハードボイルドを好むだけあって、骨のある行動をするもんだと一人ほくそ笑む。

『そうだな、枯れてなかったな。まだまだ未熟な爺さんだわい』とご当主が呟く。
『いや会長の言う事は最もだとこの数日考えた。幾ら現場の環境が苦しくなったとしても、ここまで苦労を共にしてもらった下請けさんに、難儀を押し付ける様な事は絶対にしては行けないと、それは会長が最も嫌う事だとわかっていたのに、役員会で口にして方針立てようとした私が甘かったんです』
『済みませんでした、撤回して他の方法を早急に検討します、宜しくお願いします』と頭を下げて若旦那は退出する。
残されたご当主と私は顔を見合う。そこに奥さんも加わった。
奥さんがポツリと『譲るのならよほど腹を据えないといかんと、あの時きつく助言されましたよね。それがわかっているなら、今回ももっと違う形でアドバイスの仕方があったんじゃありません。』ご当主まさにグウの音も出ない。

やれやれ先週から呼ばれて見守ってた件もあの中1坊主の出現で、すんなり収まりそうな気配だわいと愉快になった。
生身の人間性がその個性を活かしながら、長年歩き馴染んだ道より外れて行く事の難しさは、新たにそこを任され慣れて行こうとする者より、確かに難しいのだろう。そこに生きたある意味そこしか知らない人生から、新たな道を歩き始めるのはむしろ年老いて来た者の方であり、そちらの方が勇気も胆力も試されるという事だろう。
『枯れた人生』が立ち位置が変われば、忽ちにその兆しがあるなら受け入れる気持ちの育つのは、そうも難しい事ではあるまいが、そうはいかない人間の持つ『生たる力』ゆえのことなのだろう。少し話してからその家を辞した。

「枯れる」か。なかなか独り身の変わらぬ生活では身近に感ずる事もないのだが、人一人その道を降りて新しき道のりをと、覚悟する事の難しさが根底にあるから、大なり小なり後継問題の燻りが治らないのもまた現実としてある。
まあ今回は孫君のがんばりが、家中に張り詰めていた緊張の糸を見事にそれも穏やかに納めてくれた。
他人の私の助言より10倍効果的な言葉を投げてくれた。

よくよく考えたら中1の坊主が、『枯れるって何』なんて言うかよ。
本の読み過ぎだ、とポケットに片手を突っ込む。
「老いぼれ犬のポーズはこうだぜ」、ゴロワーズを吸ってるつもりで、少し猫背になり掠れた口笛を吹いて、駅までの道をゆっくり歩く。








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