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のぼりです



【秋】

この秋で愛知県に出て来て30年になります。

社会人となってからの生活は、もうとっくにこちらでの生活の方が長くなりました。

それでも生まれ育った故郷は私の全ての原点としてあり、そこで年々に積み重ねた

経験が私の基礎となっており、そこに私なりの人生の絵面を思い描いて試しては、

とんでもない仕上がりとなっていく様を当事者でありながらも、一人間の移ろいの

幅として誰の身にも起こり得る事として、その事を身を持って知る者と覚めた目で

も見ながら、結果的には何一つの満足も得られぬままに過ごしたと思っています。


若い頃より巷にあった『苦労は買ってでもしろ』を励ましとしていましたが、いや

いや買ってまでやるものではないし、買ってでも背負い込むものでもないと、身に

染みてわからせてもらえたし、でも他面、苦労を知らなきゃその真実の世界に近づ

く事も出来ないものだと、その現実を否定も肯定もできる世界の意味を学び、その

事を含む全てにとても悩ましくも歯がゆいばかりの青年期を過ごしたように思いま

す。


この時期の私に足りないものは、誰かに尋ね教えを乞うことでした。

まだ幼い頃より自分の親だけではなく、大人がその本音の世界を見せてはぶつける

ような環境にいましたから、ハッキリ言って母や姉妹以外は全く信用しない子ども

でした。母や姉妹は女性ですから、はなから争いも依存も出来ない存在として理解

していましたから、つまりはいつも一人で受け止め考える癖が身についてしまいま

す。

大人を特に男性を始めから同等とか対等に見ることで自分のバランスを保ちますか

ら、叩かれ押さえつけられることはあっても、依存や甘えなど到底持ちません。

それでも、男性としての理想的な立ち居振る舞いをする人には、密かに尊敬出来る

し、素直に憧れる気持ちも湧きます。

それでもいくら困り事があっても、誰かに相談することすら思いつきません。


つまり当時は他の皆もそうだったのかも知れませんが、早くから自分は自分という

価値観の準備はあったのだと思います。

ですから人より不器用な自分は常に自らを歯がゆく思ったり、足りぬ事に劣等感的

な意識は常にありましたが、それは全て自身の内に向き、これが自分なんだと素直

に認める事は出来ていたと思います。



20歳になり、家業の主力として生きるようになったら、社会との勝負、言い訳の

通用しない世界と言う雰囲気が、まさに自分を自然体で生きやすく感じさせてくれ

不景気の真っ只中で始めた現実をも、私にとってはヒリヒリするような日々の刺激

となって、全ての責任が自分に集まる事を焦がれる程の満足感で過ごしていました。

それでも器量不足、その実力の無さは僅か5年で倒産と言う結末に現れ、その日を

境に始まったそれまでと真逆の圧力の日々、そこからの時間が本当の待ったなしの

言い訳無しのとてつもなく長い道のりであり、それでも12年の時間をかけての粗

方の精算と共に全てを失い、ただ残した子の為に生き稼ぐ為に愛知県に来た次第で

した。


20歳から37歳までの同じ緊張感でも、天地程の違いの世界を行き来しては味わ

い、一人で考え生きる身にしては、ギリギリの道のりを常に優先して進みましたか

ら、正直愛知県にたどり着いた時は、心身に余力などない状態でもありました。

誰一人として知る者のない未知の世界に来ましたが、自分一人働き過ごすには、恐

れも不安も全く無く、むしろ有り余る自由さをすぐに感じとり、たちまちに過去の

感傷に浸る事なく、有る時間を持て余す気分も初めて知ったような次第でした。


時間がある中で、それまであまり得意としていなかった、失敗の事実を振り返る事

を始めました。

すると何の事柄につけ、それまでいつも付いて回っていた亡くなった父親との不和

が必ず冒頭に出ます。

生きている時もあったその不和の不満が、亡くなり自分の環境を大きく変えてでも、

常にのし掛かる事の意味がわかりません。

供養も自分なりにきちんとするし、現実もしっかり理解していても、何故親子とし

て、男対男としても納得し切れぬものを、これほど引き摺る感があるのは何故だろ

うと、その疑問としてある意味がわからず、困惑は続きました。

だけれど宿命とか運命論的な世界なる証明の根源を持たぬものは全く信用していま

せんし、誰かにその答えも教えも求めていませんから、その困惑があり続ける事は

受け入れてはいました。


そんなある日、突然心身のバランスが悪くなり歩く事もままならない状態になりま

す。それまで身体は病気知らずで来ましたから、健康そのものに不安を持つ事もな

かったので、思うように動けないそんな状況に陥ると死ぬかと思うほどの症状の激

しさや苦しさを味わう事に驚き、病院に行くとあらゆる検査をしても原因不明の診

断を繰り返されます。

物事はどちらかに決着がつくものと考えて生きた身には、無知な医療の世界には原

因不明と言う症状や診断の仕方があるのかと、またそこに驚きます。

そこで初めて我が身が、意に添わない事で勝手に症状を作り出す事もある事を知り

その後十数年この症状と付き合う事にもなります。

今ではパニック障害や自律神経失調症なる診断も出て、治療法もきちんとあります

が、その当時は原因不明で片付けられていました。

こうして自分が自分だけで心の内や身体のシグナルを確認しながら生きる方向にな

り、また新たなる人間の生き方のパターンの多さを実感として知ります。

ここでも一人キリですから、全ての心境や症状が余すことなく自分のライブラリー

に収まります。


これらのすべてが基で『のぼかん』を編み出す事に繋がった訳です。


全ての始まりが自身のここまでの有り様や考え方やその拡がりや結果からであり、

そこに皆が持つ氏名の『文字』を意味では無く、その造りのあり方より特定しては

解釈を繋ぎ合わせる事で理論と為し、同時にその理論を広く一人一人の世界に当て

嵌め試しては、同感を得る事で理論の確立の証とし、今に至ることとなります。

こうして考えると、全ての大きな刺激や気づきは、自らの失敗や反省の根拠の世界

にあります。それは感情ではなく、それを生み出す事実の世界を指します。

そしてそれは私だけに止まらず、全ての人間に当てはまる程の根拠となる、心理の

幅や深さや大きさに有ります。無論デリケートな分野ですからそこに色付けするも

のではなく、人間の持つ可能性の全てとして解釈すれば、日常で欠点や優位と争う

事も、間違いか正しいかなどの判断すらも入り込まない、ごくごく人間が人間らし

い原点として共有する世界に行き着くのがよくわかります。


これが『のぼかん』です。


自らも自らが編み出した『のぼかん』の解釈の世界に救われ、また今はこれを一人

でも多くの人の人生の一助となるものとして推奨し続けています。

他に学ぶ事も深く識る事も大事ですが、一つの事を『深く考える』事が最も重要だ

とも思います。

ともすれば巷に溢れる解決本は、即効性を売りとするのでしょうが、全ての人にそ

こに有る条件や規模や価値観が合うものでもありませんから、これではないと思え

ば、また次の目新しい解決本にと移動する結果、ただそのタイトル名に詳しくなる

だけの事で終わり、その立ち位置に変化を感じない事も多いと思います。

一つの本を手にしたらしっかり読み込み考えてみる事、時にはこの文章の流れより

こちらの方が主張に近いでしょうと手を加えてみたり、始めの目論見通りにいかな

い事があっても、書いてある内容を自らがまずは解釈に至れるものか否かだけは、

きちんと理解を果たす姿勢が自らが迷わぬ一歩だと思います。



まだ先は続くであろう私の人生も、こうしてその時々でケジメも節目もつけながら

その都度大きな苦しみや悲しみを抱えながら過ごして来ました。

文字を通して『のぼかん』を通して実に多くの事を知りました。

人の大きさや不思議さや、沢山の語る項目は得ましたが、それほど人の偉大さや複

雑さを同時に学ばせてもらいます。

どうぞこれからも、皆さんがどんな現状に生きていようとも、必ずやそこにその先

にと繋がる道はきちんとある事を信じていただき、自らに今より少しの勇気と労り

を持って、焦る事なくしっかりその世界を見つめ考え続けていただきたいと思いま

す。

いつもに無く『秋』の季節を前に、少し自らの来し方を振り返りながら書いてみま

した。


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