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のぼりです



【リズムと時間】

時間の設定とともに私たちの心身の動きも日常の予定も、一連の流れとしてその日

を過ごそうと考える。

サラリーマンに例えれば、その日に動いた実績が、活動の最大の目的である仕事の

業績として積み重なり、自分自身や周りの評価を得たり判断されたりしながら、ま

た次の日のその先の予定や計画として準備されていく。


歴史や人の生涯を振り返る際に「時の流れ」という言葉がよく使われるが、それは

人の一生に当てはめると、少し解釈が変わってくる。

川の流れのように上流から下流へと目に見えて誰にも等しく映るものとは異なり、

人は常に前に前に先へ先へと向かうと考えれば、「時の流れ」は間違いなく下から

上へ、今から先へとその徐々に強まる抵抗を乗り越えながら向かう構図が正しいと

言える。

もし「時の流れ」も川の流れの如く上流から下流で良いではないか、という考えに

対しては、川の流れは始めから源流上流から下流域までの道程も距離も概ね定まっ

ているが、人生の生きざまを表す「時の流れ」はその先に何が待ち受けているのか

わからない、定まっていないところに、未知なる可能性をも含むものとして、認識

されているからである。


つまり、産まれてからその生を終えるまでの不安や夢や希望という「圧力」を、一

つ一つ認識しながら立ち向かい乗り越え、あるいはやり過ごしながら、間違いなく

「時」を消化しクリアしていくという実態がある。

すると、今この瞬間でこの時の現実の結果は出ており、常にこの先の時間、期日、

将来へ向かって準備され迎える状態であり、過程として出た結果の堆積が事実、実

績としてそこに居残り、この事についてそこから下への流れなどなく、その以前か

らの堆積の事実が今の立ち位置となっており、この観点から言えば人生に例える

「時の流れ」とは「時の堆積」という言葉に置き換えられ、それは過去から未来と

いうだけに止まらず、ひたすら前へ未来へ向かって目をそらさず立ち尽くす人間像

を浮かび上がらせる。

すると人が人の世を想う時代の変化とともに、私自身にとっての日々の移ろいは、

ひたすら前へ前へと向かう姿にしかそこを表し示すことはできないことも理解でき

る。

時間そのものは、部屋に籠り過ごそうが、手も足も出せぬ状態のままに立ち尽くそ

うが、目指しても追いつけぬ相手の背中を見ながら必死に歩いていこうが、誰も知

り得ぬ風をもろにその顔に受け止めながら、後に続く子や部下たちの視線を感じつ

つ進もうが、否応なくその今の圧力は確実にその身を通過していき、瞬時に過去の

出来事として堆積してはその場所に収まる。



それぞれの立ち位置にある個人個人は、自然の流れの中でのリズムと同調しながら

その身の鼓動も感情の波も疲労の蓄積や解消も実績の失敗や成功の判断も、大きく

リズムに則り過ごす事は前号でも述べたが、リズムと時間の相関図で考えるとひた

すら私の持つ人生時間を刻々と消化しながら堆積させ、その「時の圧力」に立ち向

かいながら果たそうとしていることがよくわかる。

リズムの世界が今目に見える現実の姿として表されるとすれば、時間はそれを共に

しながら、その限りある位置まで私が私らしく生きた事実を受け止め積み重ねてく

れる役目となっているのがわかる。


人は過去の反省という言葉より、過去を振り返るという事より、その言葉以上にそ

の肉体も精神も、前にしかこの先にしか表し得ることができないことを本能的に知

っており、どの様な過去の事実があったとしても、その未来にしか生きる道はない

ということも教えられずして知っている。

しかしながら、その現実の裏では向かう時間に対してどのように考え進めばいいの

か、いい大人になっても思い悩み躊躇するものだ。

その原因はひとえに過去の反省や後悔はあっても、その事実の整理をされていない

ことがまさに今の不安や躊躇に繋がっているということは、「のぼかん」によって

証明できることが既に歴然となっている。

過去の事実の整理がなされぬという事は、結果としての負けや勝ち、失敗や成功の

評価があるだけで、実はそこに至る心情や人間関係の有り様はその結果論の中に埋

没させて未処理のままであるという現実がある。そこに次なる心配の火種やリスク

が手つかずのままに残るという事だ。


しかしながら、長く生きてみるとわかるのだが、若いころより不得手とする事で逃

げたり避けたりしていた事は、いつか必ず現実の壁として立ちはだかるものだ。

すると、いつか必ず乗り越えては処理しなければならない対象として、頭の中では

確実に認識され続けているという事である。

このことを解き明かす時に、「のぼかん」を活用して元来の過去の事実に対しては

速やかに整理して、その堆積の事実をきちんと理解した上で、さあ今より先の未来

へこの先の目標へと進みましょう、と相成る。


人は生まれながらにして、その与えられた小さな肉体のリズムに従い成長し、人の

話を聞いたり意味を考えたり、はたまた自らが学び考える世界を求めたり、人や周

りや世間、社会という存在を相手に自分を試そうとしたり、全て自らのリズムに素

直に従いながら、徐々に意識してくる人間の限りある時間という存在を無視できぬ

ままに、尊重し貴重としようとする。

誰にあってもここまでの条件は、ほぼ等しく公平であり、その自らの時間をいかに

使おうがそれすら自由でありながらも、体内に根づくリズムは、そこに必死に生き

闘うことを奨励し、できうる限りその限界までを自らの意思できちんと見つめよ、

と教えているかのように思えてならない。


今この年になって、生れたばかりの子どもたちを見つめる時、この時の移ろいの物

語はこの一人一人に確実に有り、やがて育ち創り上げていくことと思えば、地球の

自然の産物と言える人の営みの計り知れぬ偉大さを改めて想わずにはいられない。

考えることと生き抜くこと、この二つの世界を等しく理解し認めていける時、私の

心は自然と落ち着き、老いていく身に合わせながら淡々とまた私を生き進んでいく

ことでしょう。


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中級科修了式・高林さん